日本のミュージカルのために。。。


by zatoumushi
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■015「ブロードウェイ Part 2」■

★ブロードウェイ Part 2  BROADWAY PART 2 1981-1985

大平和登 箸 

作品社 刊

1985年 9月30日 発行

329p

\2200


【目次】

まえがき
ノスタルジィー・ブーム
イギリス劇作家の活躍
新旧舞台の感動
「キャメロット」とバートン伝説
ブロードウェイに招かれた人々
サーカス・ミュージカルの登場
失われた青春
劇的な、余りにも劇的な
半世紀を経た異国での初演作品「自殺」
「ブリガドーン」再演
死の季節からの出立
新保守主義の台頭と対立
死んだ鴎  二つのチェーホフ舞台ほか
モーツァルトは毒殺されたのか?
死の転生  その未完と完成
シェイクスピア劇の競演
「ナポレオン」/サボイ・オペラ/ペンギン譚
ミュージカル明暗
「通俗化」の失敗作と「日常化」の成功作
おかしくない喜劇舞台
夫婦劇の衰弱  「父親」から「ローズ」へ
ステージ・ナンバー・ワン=ローレン・バコール
エリザベス・テーラーなんか怖くない
「蜜の味」の濃さ
老いて輝く褐色のエネルギー
舞台生命の再生
星空の下のミュージカル
日本のミュージカル舞台  その芸術性と大衆性の深度
「ニコラス・ニクルビィ」との八時間半
立ち去っていった少年詩人
ローリングしなかったミュージカル
前衛オペラの二極点
夢みた男たちの成果
オセロ役者の系譜
冬を裂く舞踊の熱気
ジミーは戻らなかった
二人の舞台人  ストラスバーグとデ・ミル
ダンスマガジン賞の受賞者たち
トニー賞にすべり込んだ「ナイン」
ニューヨークの日本晴れ
神の子らの錯乱  新人作家の二作品
イプセン劇の明暗  生きた「幽霊」と死んだ「人形」
猫の秋  ブロードウェイ戦線異常あり
SFミュージカル「キャッツ」
光るイギリス演劇  「グッド」の良さ
ブロードウェイ・ブルース  ホリデー・シーズンの悲劇的様相
マーリン! 危機一髪  二つのプレビュー舞台
テネシー・ウィリアムズの死
ブロードウェイのマカロヴァ  歴史的舞台の体現
サイモンの新人生喜劇
才人たちの競演  トレヴァー・ナンとミン・チョン・リー
トニー賞をめぐって  「猫」に食われなかった人たち
辺境に立つサム・シェパード
独立記念日のステージ
ミュージカル・エイジを迎えた日本の場合
ミュージカル・サマー・シアター
ジプシーたちの精気  二つの非凡なミュージカル
コーラス・ダンサーに栄光あれ
現像をめぐって  「カルメン」と「ゾルバ」
浮かばれなかった「マリリン」と生誕した「ベイビー」
不滅への里程標  老優の活躍
劇評家の存在が意味したもの  ブルックス・アトキンソンの死
肉はどこだ?  二つの和解ミュージカル
「本物」の舞台と本物でなくなった舞台
ダスティン・ホフマンの「セールスマンの死」
ブロードウェイの生成
トニー賞一覧
ブロードウェイ劇場地図
ブロードウェイ劇場プロフィール
あとがき


【まえがき】

本書でもって、「ブロードウェイ」と冠した二冊の書物を私は世に問うたことになる。それは一九七五年から八五年に至るワン・ディケィド…ほぼ十年間のステージ・レポートに当たる。
この十年間に起こったブロードウェイの変貌を、後世、史家はどんな巨視的観点から何といって評価するか知らないが、微視的傍観者の立場からみても、幾つかの変革や発展、それにともなう危険感をも、もたらすものであったことは、いまや、明瞭である。
例えば、ブロードウェイを代表するミュージカル・ステージの変容…物語性が薄れてダンス・ナンバーが主導するブックレス・ミュージカルが隆盛をきわめ、演劇舞台も、ベトナム戦後物のから、広汎な家庭崩壊劇や新しい性意識の確立を促した舞台など、時代意識の開拓を背負った問題の提示や、スタイルの確立などが為された。
更に、コンピューター時代の到来による劇場や舞台の在り方の変化は、新しい演劇空間の設定や、新感覚な演出法、ロングラン・システムへの新しい活力を生むものであった。
こうした文明や文化意識の推移を、吸収し、表現してきたのがブロードウェイの舞台であり、演劇社会の営為であった。しかし、いずれにしろ、その核として演劇エネルギーを凝縮させるものは、社会と演劇人たちによる創造力…クリエイティブ・パワーの結集にほかならない。
オフで生まれた「コーラスライン」が、今年で十年目のロングラン記録を樹立し、現在もなお記録更新中である。だから、この十年は、ひと口にいって“コーラスラインの時代だ”といえるかもしれない。
変わったといえば、日本におけるブロードウェイ受容にも大いなる変化があった。居ながらにして、日本でブロードウェイの舞台が、ともあれ、観賞できる時代になった。反面、過剰なブロードウェイへのヒート・ウェーブが舞台を堕落させたり、実体をゆがめるといった現象も起こしているのを否定できない。
私のささやかな観劇記は、いわゆる“ブロードウェイ”の舞台に限定したものではない。それはひとつのキィ・ワードに過ぎず、関心のおもむくままに、ひろくパフォーミング。アーツを捉えようとしたことは、熱心な読者ならお気付き下さっていると思う。
ひとつの舞台のもたらす、多彩で複雑な人間や社会の表象は、簡単に割り切れ、処理されるといったものではない。観劇という一箇の営為は、文化層のうろこの一片を剥がす試みに他なるまい。
私の視野には、舞台を生む人たちの創意や、それを成立させているニューヨークという街のもつパフォーミング・アーツ社会の、母体への関心を抜きにしては、舞台への陶酔もないのである。
それと共に、ここ数年、老朽化してきたブロードウェイの劇場街と、そのそばに新築中のマリオット・ホテルを眺めながら、“ニュー・ブロードウェイ”とは何であるかを私は考えさせられてきた。質・量を含めて、これからの演劇の在り方、文明社会の中心における文化ゾーンとしての劇場や演劇の在り方への変革が、現在のブロードウェイの差し迫った課題としてみえている。
この世紀末に向うブロードウェイ演劇社会に迫られた大英断と挑戦のドラマは、ニューヨークの文化意識の根元を問う歴史的事件でもあるだろう。


一九八五年盛夏
大平和登
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by zatoumushi | 2007-10-19 21:08 | ■和書■