日本のミュージカルのために。。。


by zatoumushi
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▼043「コーラスライン」▼

★コーラスライン

@日生劇場

日本ゼネラルアーツ・劇団四季 提携公演

1979年 9月24日〜10月17日

初演


【掲載内容】

演出家 浅利慶太に聞く / 聞き手:宮島春彦

マイケル・ベネットが語る「コーラスライン」 / 編集部

ミュージカルの世界の人間模様
 『コーラスライン』の思い出と
 ブロードウェイ・ミュージカルの近況 / 野口久光

ミュージカルと私小説的手法
 『コーラスライン』小論 / 安倍寧

鏡をのぞきこむアメリカ
 ブロードウェイ・ミュージカルさまざま /  山崎正和

初演の出演者が語る『コーラスライン』


【演出家 浅利慶太に聞く】

宮島「この作品の上演権取得は非常に難しかったようですが、どんな経緯で上演が可能になったのでしょうか。」
浅利:『コーラスライン』を上演したいと考えたのは二、三年前からで、アメリカのエージェントに問い合わせをしてたんです。ところが一向にらちがあかない。通常のように事務的なレベルでは事が運ばないんです。この作品を着想し、演出と振付をやったマイケル・ベネットが上演許可に対して非常に慎重だったようです。だんだんその事情がわかってきたころ、たまたま今年の三月に、アメリカの文化使節団の一員として中国へ行ったマイケルが、帰りに東京に立ち寄りました。そこで彼と会ったわけなんですが、彼は『越路吹雪ドラマチックリサイタル―ピアフの生涯』を観てくれ、「ソフィスティケートされた非常にいいショゥだし、アンサンブルのとれたすばらしいグループだ」といって感動してくれました。その翌日には『ウエストサイド物語』の稽古を観にきてくれた。そのとき、われわれのグループのダンス力を評価し、「このグループなら、『コーラスライン』を上演していただいて結構だ」。そういうわけで話はとんとん拍子で進んだわけです。基本的にその席上で了承してくれて、一週間後にニューヨークから正式の返事をもらいました。ただし条件が二つあった。「この九月に上演して欲しい。もう一つはあなた自身でニューヨークへ打ち合わせに来て欲しい」。この作品にはスラングがたくさんでてくるし、セックスにまつわるややきわどいコミックなエピソードも多い。しかも、それが楽しめるように作られている。しかし、マイケルとしては、たんに面白い場面をつくるのが目的ではなく本当に訴えたかったことがある。それは社会と人間との関わり合いです。面白さを表面的にとらえて、本当のねらいが表現されないのを彼は恐れてたわけです。「作品はよくおわかりいただけているとは思うが、一応、くわしく打ち合わせをさせていただけないか」、ていねいといえばていねいだが、少々失礼なところもある提案です(笑)。しかし彼の気持ちがよくわかるので、ニューヨークまで行って五日間ほど打ち合わせをしました。そして、彼がこの作品をどう着想し、何を考え、何を願って作ったか、そのプロセスをよく聞きました。行ってよかったですね。大変感動しましたから。マイケルが上演を許可しなかったのは、自分のねらいを正確に表現してくれるプロダクションをさがしていたからです。(中略)
宮島「今回の上演は浅利さんとマイケル・ベネット氏の共同演出ということになっていますが、どういう経緯があるのですか?」
浅利:別に経緯も何もありません。私は東京公演も演出を依頼したのです。この作品は彼が着想し、演出し、振付したのですから。それが最良の方法だと。彼の返事はこうでした。「いや、あなたが演出してください。この作品が、日本の社会、日本の観客と出会うためには、どうしてもあなたの手を通さなければならない」と。確かに一理あるでしょう。日本人とアメリカ人は違うし、お客様の感覚や受けとめ方もそれぞれ微妙な違いがあります。今度の私の仕事は、彼が作っていったプロセス、彼の内面的な問題、彼の技術的な工夫などすべてわかり、それをわが国のお客様に向かって、日本人の俳優で組み直していくという作業です。ですから、もしこの上演で評価をいただけるとすれば、それはマイケル・ベネットに向けられるべきです。『ジーザス』のようにオリジナルな演出ではありませんから。もし舞台をご覧いただいて、アメリカの作品の割には見やすかったとお考えいただけるなら、その部分の作業が私の仕事だと思っていただきたい。(後略)


浅利慶太
聞き手:宮島春彦
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by zatoumushi | 2008-02-15 03:14 | ▼プログラム▼