日本のミュージカルのために。。。


by zatoumushi
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▼143「5時の恋人」▼

★5時の恋人 ザ・ファイブ・オクロック・ガール

@青山劇場

東宝 製作

1992年11月 2日〜25日

初演


【掲載内容】

ドタバタもまた哀し / 加藤直

むかし、加藤直は役者であった / 斎藤晴彦

少女はなぜ太るか / 野田秀樹

ジャズ・エイジのニューヨーク / 海野弘

『5時の恋人』誕生の周辺
      一九二○年代のブロードウェイミュージカル / 風早美樹

装置について / 島川とおる

「5時の恋人」の衣裳 / 岸井克己

スナップ&ルポ 稽古場訪問記 / 千野幸一


【『5時の恋人』誕生の周辺】

(前略)
さて『5時の恋人』のブロードウェイ初演は今から六十二年前のことである。初日は一九二七年十月二十七日、劇場は終戦の年に取壊された四十四丁目劇場、二百七十八回の続演を記録した。当時としてはヒット作と云える回数であり、この年初日を明けた夥しい数のミュージカル、何と五十作!の中で、評論家D・オゥエンがその著「アメリカン・ミュージカル・シアター」の中でベスト・テンの一つにあげている。(中略)
この盛況は恐らく当時の、永遠に続くと信じられていたアメリカ経済の繁栄を背景にしてのことだろう。ブロードウェイの劇場の新開場は、現存のものに限っても、二○年代に十六あり、中で二十七年は五劇場と一番多いのである。
然し二○年代の終わり近く世界大不況が始まる。製作者も渦に巻かれ、次の十年間劇場の新設は皆無となった。同時に映画がトーキー時代を迎えて次々と音楽映画、レヴュー映画を作って、生活に余裕のなくなった舞台ミュージカル・ゴアーを低料金のスクリーンにひきつけ、フレッド・アステアを始めとする俳優たち、振付師バークリィ等のスタッフをハリウッドに連れ去った。
カーンやガーシュイン、バーリン、ロジャース、主要なミュージカル作曲家も映画に比重をかけるようになった。例えば二○年代六本のミュージカルを書いたバーリンは三○年代には三本に過ぎず、ロジャースも三十一年始めから四年間ハリウッドの仕事だけであった。

風早美樹
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by zatoumushi | 2008-05-29 23:24 | ▼プログラム▼