日本のミュージカルのために。。。


by zatoumushi
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2007年 10月 12日 ( 9 )

▼010「王様と私」▼

★王様と私
(梅田コマ・ミュージカル特別公演)

@梅田コマ・スタジアム

東宝 製作

1965年 4月 2日〜 29日

初演


【掲載内容】

御挨拶 / 松岡辰郎

訳者のことば / 森岩雄

演出者のことば / 菊田一夫

ブロードウェイの「王様と私」について / 野口久光

ブロードウェイというところ / 石井カンナ

越路吹雪と「王様と私」 / 安倍寧

染五郎という青年 / 戸板康二

淀かほるのこと / 高木史朗


【御挨拶】

本日は御来場頂き誠に有難うございます。厚くお礼申し上げます。春らんまんの4月公演は「王様と私」を御覧頂くことになりました。
既に、ご承知の如く東京宝塚劇場にて、“マイ・フェア・レディ”を上演、大好評をいただきまして以来、東京では“ノー・ストリングス”“ハウ・トウ・サクシード”“アニーよ銃をとれ”“サウンド・オブ・ミュージック”と翻訳ミュージカルを次々に上演、いづれも好成績にて、多数の東都音楽愛好者に喜んでいただいて居ります。その一連として“王様と私”を大阪で初演致すことになりました。
“王様と私”は1944年ベストセラーのトップに立ったマーガレット・ランドンの小説“アンナとシャム王”よりの脚色で、映画になった後、1951年 3月にミュージカル“王様と私”が上演され5年間連続上演の大評判をとり、その後も何度か上演されて居る、ミュージカルの楽しさを全てそなえた米国の代表的ミュージカルで御座います。東宝演劇部でも早くから“王様と私”は上演々目に入って居りましたが、昨年、私がニューヨークのステイト・シアターで“王様と私”を観劇し、梅田コマ・スタジアムでの上演を熱望いたし、菊田一夫先生の御協力で大阪で、初演する事になりました次第で御座います。
主なる出演者は、アンナ(越路吹雪)、王様(市川染五郎)、タプティム(淀かほる)、ランター(立川澄人)、ラムゼイ(ジェリー伊藤)、チャン(南美江)等で皆様に満足いただける“王様と私”を御覧いただけるものと自負しております。御覧いただけば楽しく面白いことは受合いだと思って居ります。大阪で翻訳ミュージカルの初演は始めての事で御座いますので、何卒御友達に御吹聴の上、多数御来場いただき、是非成功させたいと念じております。本日の御来場を重ねて御礼申し上げますと同時に、皆様の御多幸を御祈り申し上げます。


株式会社 コマ・スタジアム
取締役社長
松岡辰郎
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by zatoumushi | 2007-10-12 23:57 | ▼プログラム▼
★サウンド・オブ・ミュージック
(東宝ミュージカル 新春特別公演)

@芸術座

東宝 製作

1965年 1月 2日〜 2月28日

初演


【掲載内容】

御挨拶 / 菊田一夫

この芝居で想うこと / 松浦竹夫

『サウンド・オブ・ミュージック』 / 小津次郎

『サウンド・オブ・ミュージック』翻訳後記 / 竹内寿美子

素晴らしい『サウンド・オブ・ミュージック』 / 高島忠夫

バラエティーに富んだ顔ぶれ
『サウンド・オブ・ミュージック』の出演者たち / 安倍寧

音楽の響きと、心の響きと / 小野道子

東宝海外通信:最近のブロードウェイ / 上西信子


【御挨拶】

昭和40年度の芸術座は、御覧のミュージカル“サウンド・オブ・ミュージック”によってひらかれます。
“マイ・フェア・レディ”がブロードウェイによって長期連続公演の記録を作ったミュージカルだとすれば、この“サウンド・オブ・ミュージック”はそれに次ぐもので、“キング・アンド・アイ”を加えて、誰が見ても楽しめる家族向きの三大作品と云えましょう。しかもこれはまだブロードウェイ以外の世界各国の都市に於いては延々と連続公演中で、ロンドンあたりでも(すでに連続5年)どこまでの公演記録が出るか判らないと云われているほどの大当たり作品でございます。
珍しいことに、これには、いわゆるショウ場面といわれる踊り場面が殆どございません。ドラマと(それだけに、がっちりした)唄とが密接に組み合わされた香気の高い作品でございます。
芸術座は、本年初頭のプレゼントとして此の“サウンド・オブ・ミュージック”を皆様に御覧に入れられることを、心からのよろこびにいたしております。
皆様有難うございました。


昭和40年 1月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
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by zatoumushi | 2007-10-12 20:44 | ▼プログラム▼
★ウエストサイド物語

@日生劇場

日本ゼネラルアーツ・劇団四季提携公演

1974年 2月 5日〜25日

劇団四季初演


【掲載内容】

ウエストサイド物語:現代のロミオとジュリエット / 倉橋健

永遠の『ウエストサイド物語』 / 安倍寧

『ウエストサイド物語』の舞踊
    ジェローム・ロビンスのこと / 芦原英了

ミュージカル私観 / 尾崎宏次

再び酔い給え!この上演! / 淀川長治

外国ミュージカル上演年譜

『ウエストサイド物語』を彩る人びと / 石崎勝久


【本文より】

劇団四季がミュージカル『ウエストサイド物語』にいどむという話を最初に聞いたとき、四季のミュージカルもついにここまで来たのかと、しみじみ思った。
あれは一九六四年の秋だったか、設立されて日の浅い日生劇場にブロードウェイの『ウエストサイド物語』のメンバーが来日公演して、われわれの前に本場のそれを見せてくれたことがある。あの時一番に興奮していたのは誰あろう、当時日生劇場の重役だった浅利慶太氏で、「どうです? いいでしょう」とたまたま稽古場に取材に寄った私に、うわずった声を掛けて来たのを覚えている。その時わたしはまだ来日メンバーの稽古を見る前だったから、答えにはかなり窮したが、痛いほど感じたのは、浅利慶太という演出家がミュージカルにかける執念めいたものだった。そして今、彼はわれわれの前にきょうの舞台の演出家として立っている。あこがれの『ウエストサイド物語』の演出家として…。
実際のところ、この演出家と知り合って、私は何度彼の「ミュージカルへのあこがれ」の気持ちを聞いたことか。しかし、当時の彼は、「でもね、ミュージカルにはいい音楽、いい装置、そして何よりも歌え、踊れ、そしてちゃんと芝居ができる役者が必要なんですよ。残念ながら日本ではまだ無理だ」口惜しそうに頬をゆがめて、つねにこう結論するのだった。
その頃から十余年が流れて、彼の周辺にはいつの間にやら優秀なスタッフ、キャストがひしめきだしている。音楽監督の内藤法美、装置の金森馨、照明の吉井澄雄。いずれも彼にとって身内同様の人たち。そして翻訳の倉橋健、訳詞の岩谷時子。芝居に精通し、うまみでは定評のある人びと。六一年の映画『ウエストサイド物語』の登場以来、私もそうであったし、おそらくは演出家自身もそうであろう日本版『ウエストサイド物語』の夢が今ここにかなえられつつある。この間には、宝塚歌劇の諸君の果敢な『ウエストサイド物語』への挑戦もあり、あれはあれでいい舞台だったが、男を本物の男が演じる舞台をやっぱり私は見たいのである。
演出家がその出現を待ち望んでいた「歌え、踊れ、そしてちゃんと芝居の出来る役者たち」の顔ぶれとは、ではどんな人たちであろうか。(後略)

石崎勝久
『ウエストサイド物語』を彩る人びと より
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by zatoumushi | 2007-10-12 19:37 | ▼プログラム▼
★ウエストサイド物語  宝塚歌劇11月・月・雪組合同公演
(明治100年記念芸術祭参加作品)

@東京宝塚劇場

宝塚歌劇団 製作

1968年11月 1日〜26日

再演(東京初演)


【掲載内容】

ごあいさつ / 小林米三

ごあいさつ / 菊田一夫

彼女たちへの賛辞 / サミー・ベイス

「ウエストサイド物語」を担当して / 柴田侑宏


【こあいさつ】

今月の当劇場は、宝塚歌劇団月・雪組合同公演でございます。催し物は、ブロードウェイ・ミュージカル『ウエストサイド物語』
オリジナル版の演出・振付者ジェローム・ロビンスの原案になるこの物語は、ニューヨークの下街に住む二つの若者たちのグループが惹き起こす縄張り争いを中心に、現代に生きる若い男女の生態をダイナミックに描き出したアーサー・ロレンツの脚本で、宝塚版の演出・振付にはサミー・ベイスがあたりました。
八月、宝塚大劇場での初演に際しましては、ミュージカルの迫力もさることながら、出演者の熱演に賛辞をいただき、全員さらに演技を磨いての東京公演をおおくり致すことになりました。女性ばかりの宝塚歌劇団が、敢て取り組みましたブロードウェイ近来の高位に入るミュージカル…明治100年を記念しての芸術祭参加作品であります。
秋も深まり、観劇の楽しさもますます深まりますこのごろ…本日はようこそのお運び、どうぞごゆるりとこの舞台をおたのしみくださいませ…。


昭和43年11月 1日
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
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by zatoumushi | 2007-10-12 17:49 | ▼プログラム▼
★ウエストサイド物語
(日生劇場開場一周年記念公演)

@日生劇場

日生劇場 ポール・ジラード プロダクション 提供

1964年11月 9日〜12月27日

初来日公演


【掲載内容】

メッセージ
  エドウィン・ライシャワー ポール・ジラード 浅利慶太
  ジェローム・ロビンス レナード・バーンスタイン
  アーサー・ロレンツ ステファン・ソンドハイム ドン・マッケイ
  マーリス・ワターズ ロー・ハーディン トニー・モデンテ
  レオン・ハイマン アルバート・ウォルスキー

ミュージカル・ナンバーおぼえがき / 野口久光

ミュージカルと「ウエストサイド物語」 / 内村直也

ブロードウェイ・ミュージカルの逞しい姿 / 植草甚一

ブロードウェイ・ミュージカルの世界
「ウエストサイド物語を生みだした百年の伝統と環境」 / 岡俊雄

ブロードウェイ・ミュージカルと「ウエストサイド物語」 / 大森実

ブロードウェイというところ / 草壁久四郎

現代のロミオとジュリエット / 倉橋健

日本のミュージカルの夜明け / 伊奈一男

私的ミュージカル掌史 / 安倍寧

ジェローム・ロビンスの芸術 / 芦原英了

ジェローム・ロビンス作品目録

「ウエスト・サイド・ストーリー」余話 / 岡野弁

ウエストサイド物語観たまま / 水野和夫

舞台のミュージカルはすばらしい / 岡部冬彦

「ウエストサイド物語」映画版あれこれ / 荻昌弘

「ウエストサイド物語」ができるまで / アーサー・ロレンツ


【メッセージより】

日生劇場はこのたび、ブロードウェイ・ミュージカルを完全上演という念願の企画を実現することが出来ました。ここ数年来、ミュージカル・プレイ上演に寄せられる期待は国内に高く、さまざまな実験上演がくり返されておりますが、いまだにその完全な姿を描き出すまでにいたっておりません。日生劇場は、この新しい様式が今後のわが国舞台芸術の将来に果たす役割を考え、生まれ故郷であるブロードウェイ舞台をそのままの姿で上演することを開場以来の企画として努力しつづけたわけであります。
今日ここに、プロデューサー、ポール・ジラード氏、アスカプロダクション、川添浩史氏ほか関係御一同と、ライシャワー大使をはじめ在日米国大使館のみなさまの御協力によって、実現をみましたことは、まことに喜びにたえません。
この上演が多くのお客様の心にミュージカル・プレイの将来への楽しい夢を育て、わが国の舞台人の明日の創造に役立たんことを、日生劇場は心から願っております。


日生劇場取締役
浅利慶太
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by zatoumushi | 2007-10-12 16:31 | ▼プログラム▼
★アニーよ銃をとれ
(第十九回芸術祭参加コマミュージカル特別公演)

@新宿コマ劇場

東宝 製作

1964年10月31日〜12月13日

初演


【掲載内容】

御挨拶 / 松岡辰郎

製作・演出者の言葉 / 菊田一夫

射撃の女王アニー・オークリー / 双葉十三郎

ミュージカル「アニーよ銃をとれ」 / 野口久光

西部劇のヒーローたちと、その舞台 / 淀川長治

アメリカのシューベルト アーヴィング・バーリン / 岡俊雄

アニー・オークリー、バンザイ / 境田昭造

バッファロービルのこと / 清水俊二

チエミよ大当たりをとれ / 伊藤寿二

アメリカ文学とミュージカル / 倉橋健


【御挨拶】

本日は御来場いただき有難とう御座います。十一月公演は江利チエミさん、宝田明さんの初顔合わせでの、コマ・ミュージカル特別公演“アニーよ銃をとれ”を自信をもってご鑑賞いただく事になって居ります。
皆様も御承知の如く、江利チエミさんと高島忠夫さんによる“マイ・フェア・レディ”の熱狂的成功以来、菊田一夫先生の製作、演出によって、雪村いづみさんと高島忠夫さんの“ノー・ストリングス”草笛光子さんと坂本九さんの“努力しないで出世する方法”と次々に外国製本格的ミュージカルが上演され、何れも大成功をおさめて居りますが、今回がその第四弾で御座います。
江利チエミさん、宝田明さんとも非常な熱の入れかたで、一カ月前より稽古に汗を流して居られます。特に宝田明さんは始めての本格的ミュージカルに御出演の為、是非共成功すると大張り切りで御座います。山茶花究、森川信、久松保夫、市村俊幸、柳沢真一、森山加代子、等の皆々様が勇んで御参加いただき、藤原歌劇団合唱部の応援により、数々の甘美な音楽と共に一杯に楽しく、美しく、豪華に繰り広げられるミュージカルに、必ず皆様の御満足を得られる事と信じて居ります。本公演の成功を信じて、十二月十三日までの長期公演といたしました。何卒皆様の特別の御支援により、御友人御お知り合いの方々に御吹聴いただきこの公演を成功させたいと存じて居ります。
最後に本年一カ年皆様の当劇場にいただきました御愛顧に対して心より厚く御礼申し上げます。


株式会社コマ・スタジアム 社長
松岡辰郎
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by zatoumushi | 2007-10-12 12:14 | ▼プログラム▼
★努力しないで出世する方法
(東宝ミュージカル特別公演)

@新宿コマ劇場

東宝 製作

1964年 7月 2日〜28日

初演


【掲載内容】

御挨拶 / 菊田一夫

演出雑感 / 松浦竹夫

「努力しないで…」とアメリカのビジネスマン / 倉橋健

たのしきかな! ミュージカル / 福田定良

「努力しないで出世する方法」の努力 / 山本柴朗

ブロードウェイ通信:ブロードウェイの出世頭は? / 上西信子

この豊富なキャスト / 大沼正


【御挨拶】

「努力しないで出世する方法」 (HOW TO SUCCEED IN BUSINESS WITHOUT REALY TRYING)新宿コマ劇場に於ける東宝の自主公演。日本の芝居では考えられないほどの長い題名でございます。
私はブロードウェイに於いて、此のミュージカルを二度見ました。最初は、これが初演されて間もない1962年 7月。次が、ことしの 5月。感心したのは、3年間続演しているその間に、舞台が見ちがえるほど面白くなっていることに対してでした。(初演年度も、もちろん面白かったのですが、それより遥かに…)日本では普通芝居というものは、初日から10日目ぐらいにかけて次第に芝居がかたまって面白くなり、それ以降は惰性のように見えることが多いのですが、このミュージカルは3年たって、続演して、はじめより3年目のほうがずっと面白い。演出家の手直しもあり、俳優の努力もあるのでありましょう。観客は舞台に対して、まるで自らの生活を見ているように親近感をもち、そして、一語、一動作ごとに、わあわあと心をひらいて笑う。うなずく。…ミュージカルとしたらこんな面白く楽しいものは他にないのではありますまいか。サラリーマンの生活というものは東西を通じて変わらず、サラリーマンの出世慾またしかり、そして、出来るならば努力の汗はかきたくない、というのも古今東西を通じた人間のわがままでございましょう。ブロードウェイの演出は奇智溢れるものでございましたが、此の公演に於いても、それに劣らない、ある部分は現地よりも勝れたものを見ていただけると存知ております。ミュージカルとは、楽しくあることが、まず最初の条件でございます。しかつめらしい顔は今宵だけはお捨てになって、心からおたのしみ下さいますように…


昭和39年 7月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
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by zatoumushi | 2007-10-12 01:05 | ▼プログラム▼
★ノー・ストリングス
(東宝ミュージカル特別公演)

@芸術座

東宝 製作

1964年 6月 6日〜 8月19日

初演


【掲載内容】

御挨拶 / 菊田一夫

ぼくのミュージカル概念を破った「ノー・ストリングス」 / 草壁久四郎

「ノー・ストリングス」とファッション / 大内順子

NO STRINGS / 永六輔

「ノー・ストリングス」で思うこと / 松浦竹夫

Gパンとミュージカル / 須川栄三

アメリカで見た「ノー・ストリングス」 / 荻昌弘


【御挨拶】

「マイ・フェア・レディ」の上演権を入手。これの上演。そして成功…ということによって、日本にも、やっとミュージカル・プレイの開花が見られようとしております。これは、そのアメリカ・ミュージカル移入公演の第二弾。“ノー・ストリングス”の公演でございます。
この作品のブロードウェイ公演を見たのは初日間もない1962年 7月でございました。ミュージカルの王者として知られている作曲家リチャード・ロジャースが…それまで、いつも組んでいたハマ・シュタインに死なれ、ロジャースはもう駄目ではないかと噂されていながら…その相棒のハマ・シュタインに死なれたあとの第一作が此の“ノー・ストリングス”なのでございます。ニューヨークの新聞が、ロジャースはハマ・シュタインがいなくても、これをやりとげた…と書いたのは、此の作品の初日に対する批評でございました。
王者ロジャース。巨富に恵まれ、何軒かの別荘を持ち、そしてお年寄り…その人にこれだけの水々しさ、若人の感覚があることに、つくづくと頭が下がります。
私が“マイ・フェア・レディ”をやると発表した時、どうして“マイ・フェア・レディ”なんぞやるんだ。なぜ“ノー・ストリングス”をやらないのか、と、何人かのアメリカ帰りに言われたこの作品を(…なぜ“マイ・フェア・レディ”を先にやったかは、いずれ別の機会に御説明するとして…)どうか、終わりまで、じっくりとお味わい下さいますよう。お帰りには、劇中の歌の一ふしを、どうかお口吟さみ下さいますよう。
“マイ・フェア・レディ”は一言にしていうなら「これがミュージカル」
“ノー・ストリングス”は一言にしていうなら「これこそミュージカル」
どうぞ、御ゆっくり。


昭和39年 6月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
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by zatoumushi | 2007-10-12 00:50 | ▼プログラム▼
★カーニバル
(世界ミュージカル・シリーズ第一回公演)

@芸術座

東宝 製作

1963年10月26日〜31日

初演


【掲載内容】

御挨拶 / 菊田一夫

演出にあたって / フランキー堺

「カーニバル」のこと / 清水俊二

「カーニバル」をもう一度 / 真木小太郎


【御挨拶】

“マイ・フェア・レディ”の公演によって、初めに思ったよりも遥かに大きな成功を得た私達は、その成功を良き薬とすることを考えました。
ミュージカル向上のための薬とは、脚本を早くから整え、よき音楽を揃え、熱心な稽古を積み重ねることであると思います。そのために私達は、すでに実験ずみの台本を選ぶことにいたしました。
“カーニバル”はブロードウェイに於いて、三年以上も続演し、現在も公演中のミュージカルでございます。私達は此の上演権を手に入れ、そして“カーニバル”の上演のために“マイ・フェア・レディ”と同じだけの稽古日数をかけました。演出は此のミュージカルをブロードウェイに於いて、すでに見学してきたフランキー堺君です。彼ははじめ、一俳優の私が、と、謙虚な気持ちから固辞しました。しかし此の演出が彼の演技にも大きくプラスすることを考え、そして、これから後、東宝は数多くのミュージカル演出者を持たなくてはならないという意味から、無理にも、と、彼に労を強いた訳でございます。
これは“マイ・フェア・レディ”とは、また形の異なるアメリカ・ミュージカルです。娯しく御賞味下さることをお願いいたします。
東宝は、この試みを年に数回、つづけて行います。やがて来る“ミュージカルの時代”に備えて…


昭和38年10月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
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by zatoumushi | 2007-10-12 00:00 | ▼プログラム▼