日本のミュージカルのために。。。


by zatoumushi
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

2007年 10月 21日 ( 2 )

★ニューヨークのパフォーミング・アーツ

大平和登 箸 

新書館 刊

1989年 1月25日 発行

255p

\2200


【目次】

  序

1 ブロードウェイ展望
  アメリカン・ミュージカル
  オフとオフオフ
  バレエとダンス
2 ニューヨークのダンス・ステージから
  サープとバリシニコフ
  ブロードウェイのダンス
  アン・ラインキングのダンス
  甦ったタップダンス
  タンゴ・イン・ニューヨーク
  ノスタルジーへの挑戦「ブルー・エンジェル」と「フォーリーズ」
  「ソング・アンド・ダンス」と「ジェリーズ・ガールズ」
  「コーラスライン」「42ND STREET」 「ドリーム・ガールズ」
  ボブ・フォッシー 過去と現在のディフォルメーション
  トミー・ウォルッシュへの期待
  天才の素性 バリシニコフの印象
  「フラメンコ・プーロ」の問題点
3 パフォーミング・アーチスト
  リチャード・ロジャース
  ジョージ・バランチーン
  テネシー・ウィリアムズ
  ポリス・アロンソン
  ニール・サイモン
  メレディス・モンク
  ロバート・ウィルソン
4 パフォーミング・アーツに関するノート
  ストラヴィンスキーをめぐって/ジッドの「ペルセフォーヌ」/ヴァ
  レリーの舞踊論/ドガの踊り子たち/マラルメの詩と演出の相関/
  「牧神」のアイロニー/マラルメとロイ・フラー/貞奴登場/芸術
  の絆:フラーと貞奴/アーサー・シモンズの舞踊論/エレノーラ・
  ドューゼの横顔/ドューゼの演技/アフロディーテの星のもとで

  あとがき


【あとがき】

本書に収録された諸篇は、〈初出一覧〉で明らかなように、そのつど発表された小論集で、書き下ろされた本の一貫性を備えたものではない。しかし、これら諸篇を書いた筆者の基本的な理念は、「序」に述べた通りである。特に「パフォーミング・アーツに関するノート」について付言すれば、私流に、欧米の近代舞台芸術世界への史的な散歩を試みたものである。
この散策が象徴派芸術家たちに片寄っているとしたら、青春時代に魅せられた私の芸術意識の出発点の名残である。芸術批評家としての詩人アーサー・シモンズへの愛着や、モダン・ダンスの一人の祖としてのロイ・フラーへの関心は、いまなお深い。
パフォーミング・アーツに身を捧げた芸術家たちの、十字路の出逢いや交錯回路の断面をのぞくだけでなく、芸術的営為を貫く愛と芸術の一致や、その悲劇的破綻を読みとる人生論的視点とその哲学は、舞台成果同様に、私には重要な課題である。
芸術の史的回路は、多岐で複数であり、決して一様に規定できないエピソードにあふれている。私の散策の楽しみはそこにあり、機会があれば、さらに続けるべき性質のものである。

本書を出版するに当たり、新書館編集部の法専ひさ子さんと「ダンスマガジン」編集部の諸氏に、ひと方ならぬお世話になった。ここに厚くお礼申し上げたい。本文中に引用させていただいた筆者や、訳者の方々への謝意も、併せてここに表明してお許しを乞う次第である。


一九八八年盛夏
大平和登
[PR]
by zatoumushi | 2007-10-21 15:06 | ■和書■
★ブロードウェイの魅力

大平和登 箸 

丸善 刊

1994年10月30日 発行

278p

\700


【目次】

   オーバチュア

  1 ブロードウェイとは?

  2 ブロードウェイの史的点描

  3 コラボレーション

  4 オーディション

  5 オープニング

  6 トニー賞

  7 劇評家とプロデューサー

  8 ミュージカルの名舞台  「マイ・フェア・レディ」の場合

  9 演劇の名舞台  「セールスマンの死」の場合

 10 ブロードウェイの周辺

 11 ブロードウェイの現況

 12 ニュー・ブロードウェイ

   エピローグ

   あとがき

   注と参考文献


【オーバチュア】

本書は“ブロードウェイ”(BROADWAY)という言葉に初めて触れる読者のために、或いは、パフォーミング・アーツが好きでたまらないというファンのために、その人たちと共感を分かち合うために書いた小著である。気軽に読み流して頂き、読者がどこかにささやかでも魅力を見出して下されば私の願いは叶えられる。
だから本書は、舞台の紹介や作家・作品論といった種類の本ではない。むしろ、そういう舞台を取り巻くブロードウェイと称される演劇社会の日常や現実のエピソードから演劇社会の風土性の一端を、日本で知られているようで知られざるその周辺や側面を紹介できたらという意図で書かれた。
そのために、敢えて人々の語りや、引用や私のささやかな体験的な語りを多くした。それが日本では見えないブロードウェイの社会や舞台の状況を少しでも読者に身近な現実感覚を持って受け止めていただく縁になればと願ってのことである。
“ブロードウェイ”という、私の半生を取り巻いてきた現実も、あらためて、その魅力は何だろう?と考えてみると一言では言い尽くせない想いに駆られる。その魅力とは、一体何であろう?
「いつも一流の舞台がまとまって観られる場所、それがブロードウェイの魅力」と、常識的には言えよう。
「つまらない舞台だと、たとえ十億円もお金をかけた舞台でも、一夜で閉めてしまう場所である。その厳しさがいい」という若者もいる。事実、日本人から一番よく質問を受けるのも「すぐ閉めるのはなぜ?」というブロードウェイの現実についてである。
「いや、やっぱりブロードウェイは凄い。プロデューサーのマッキントッシュのように、毎週百万ドルものお金稼ぐ人がいまだに出る社会ですよ。アメリカン・ドリームや黄金伝説が実在するのはここではありませんか」と、いささか古びた劇場街に首を傾けながらも、俺もあやかりたいといわんばかりに興奮して語るビジネスマンもいる。
確かに、ブロードウェイの舞台はお金がかかっている。そして、お金が賭けられている社会でもある。ブロードウェイと呼ばれる演劇社会は、多彩な人たちの集団社会だから、そこに魅力を感じる人たちも千差万別だ。魅力さまざま、人さまざまなわけである。
所詮、魅力というものは相対的な観念で、一つの視点や見方で規定されるものではない。魅力というわがままな情念は、それが意識的に立ち止まった途端、人にせよ、物にせよ、その時、次の目標に移って行く流動的な欲求性をもっている。
特に、舞台芸術の場合、一過性の、消えて行く芸術や情念に価値の魅力があるからこそ、名舞台や名作が繰り返されるわけである。
だから“ブロードウェイの魅力”も、この変化してゆく社会、とどまることを知らない、おびただしく上演されている多様な舞台という動的な現実に魅力があるはずである。
前口上はこの辺でやめて、ブロードウェイのささやかな散策にお誘いしよう。私が見聞した過去の魅力や今の現実がどんな未来への魅力を誘うものであるか、そんな散策になればと願いながら……。


一九九四年初秋
大平和登
[PR]
by zatoumushi | 2007-10-21 00:15 | ■和書■