日本のミュージカルのために。。。


by zatoumushi
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★シーソー

@パナソニック・グローブ座 他

ワンズアート研究所/シアター・ドラマシティー 制作

1994年 9月30日〜10月10日(パナソニック・グローブ座)
   11月 4日〜  13日(シアター・ドラマシティー)

再演


【掲載内容】

SEESAW / 謝珠栄

「シーソーと私」/ 渋谷森久

ブロードウェイ「シーソー」初演の頃 / 仙石紀子

大浦みずきと「シーソー」/ 小藤田千栄子


【「シーソーと私」】

「シーソー」というミュージカルを私は見ていない。しかしこのミュージカルを作った人々と私は不思議に縁がある。
作・演出のマイケル・ベネットと会ったのは劇団四季の「コーラスライン」の初演の時だった。音楽監督として参加していた私は、不思議とマイケルと気があった。私が指揮したテープを大変気に入ってくれて、初日の夜も赤坂のクラブでマイケルが私のピアノの伴奏で、ミュージカル・ナンバーを歌った写真がのこっている。
そのマイケルが「コーラスライン」のアメリカ・プロダクションの日本ツアーの音楽のめんどうを見るように、私に手紙をくれた。そして彼のもっとも信頼しているスタッフのバーヨーク・リーを紹介してきた。
アメリカのカンパニーが来日する前に、私はすでに日本のオーケストラのリハーサルに入っていた。バーヨーク・リーは「コーラスライン」のコニー・ウォンの役のモデルの小さな東洋系のアメリカ人で、「コーラスライン」のツアーカンパニーの演出をしていた。彼女と会ったとたんから親友になってしまった。
彼女はおみやげにくれたブロードウェイのフォトグラフをみせながら、「シーソー」のトミー・チューンと身体中に風鈴をつけた写真をほこらしげに説明した。それ以降バーヨークとはソウルや東京でともにいくつかの仕事をした。
何年か前、私がニューヨークに行ったとき、バーヨークは一週間の滞在中私につきっきりでニューヨークを案内してくれた。「シーソー」の冒頭のように彼女は「マイ・タウン・ニューヨーク」をほこらしげに、私をあちこちとひっぱりまわした。その時「シーソー」の作曲家のサイ・コールマンとの夕食をセットしてくれた。
元々、「バーナム」とか「スイート・チャリティー」のファンだった私は、時をわすれてブロードウェイ音楽の話をした。あくる日、サイ・コールマンが自らひきいるピアノトリオで自作を唄っているレコードを、わざわざホテルに届けてくれた。そのレコードの冒頭の曲が「シーソー」であった。
バーヨークもこの「シーソー」の主人公もニューヨークに住み、生きることを心から楽しみ又、ほこりに思っている人であり、サイ・コールマンも同じニューヨーカー、彼らのエネルギーとホスピタリティーとプライドが、この「シーソー」のひとつのテーマであると思う。親しい友達の作品だけにしっかり表現しなくてはと思う。


渋谷森久
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by zatoumushi | 2008-02-29 04:27 | ▼プログラム▼
★日曜はダメよ! 〈イリヤ・ダーリング〉

@日生劇場 他

日本ゼネラルアーツ・劇団四季 提携特別公演

1974年 6月 4日〜28日(日生劇場)
    7月 9日〜13日(中日劇場)
    7月15日〜19日(フェスティバルホール)

再演


【掲載内容】

「イリヤ・ダーリング」のこと / 倉橋健(初演プログラムから再録)

「日曜はダメよ」の作者ダッシンとハジダキス
              / 野口久光(初演プログラムから再録)

ミュージカル「日曜はダメよ!」の舞台にたいする熱烈な拍手 / 野村喬

ギリシャとギリシャ人気質 / 高木廣一(初演プログラムから再録)


【「日曜はダメよ!」の舞台にたいする熱烈な拍手】

日本ゼネラルアーツが、越路吹雪と劇団四季を中心にしてつくりだすミュージカルは、この数年、着実に前進をかさねてきている。(中略)
ブロードウェイで成功をみたミュージカルを、日本で再創造するという仕事は、むかし、日本の新劇運動が西洋の近代劇を翻訳して移植することに奔走したように簡単であるとは決して思ってはならない。いわゆる翻訳劇は、ヨーロッパの舞台に接した先覚者が その手帖に写したスケッチをもって、俳優に赤毛のかつらを乗せ、ノーズ・パテで鼻を高くして、異様な翻訳語調で台詞を語らせれば一丁あがりというようなところがあった。しかし、ミュージカルはそれではすまされないのだった。
なによりもミュージカルはソング・ナンバーが消化されねばならないし、ダンス・ナンバーをこなしきらねばならなかった。歌って踊っての芝居、というようなそんな簡単なことではない! この分野の先達である東宝でさえ、ブロードウェイ・ミュージカルを定着させるには苦労をなめてきた。根底に、ミュージカルのスターとチームとを確保し訓練し養成する事業を自覚的に推進するという要請にこたえねばならないからだ。こうした要請をみたしたところに「日曜はダメよ!」の舞台の成功があった。(後略)


野村喬
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by zatoumushi | 2008-02-28 02:15 | ▼プログラム▼
★お熱いのがお好き SUGAR

@シアター・アプル

コマ・スタジアム 制作

1986年11月20日〜12月 7日

再演


【掲載内容】

ご挨拶 / 酒井肇

ミュージカルであろうとオペラであろうと / 加藤直

ワイルダーと音楽と / 和田誠

崩壊の時代 1930年代アメリカ・シカゴ・マイアミ、
                  そして「地上の楽園」/ 矢沢誠

読まずに死ねるか! シカゴ・ギャング編 / 内藤陳


【ご挨拶】

本日は、御来場いただきまして誠にありがとうございます。
11月20日から12月 7日までは、ミュージカル・コメディ「お熱いのがお好き SUGAR」の上演でございます。
この作品は、1959年に、マリリン・モンロー、ジャック・レモン、トニー・カーチスの主演で映画化、また、1972年には舞台化され、ブロードウェイのマジェスティック劇場でア550回のロングランを続けた、ミュージカル・コメディの最高傑作でございます。
出演者は、ミュージカル「ナイン」「スイート・チャリティ」などで、ミュージカル・スターの道を歩んでいるMIE、ユニークな野球評論でファンを魅了し、かつテレビでの活躍をはじめ、ミュージカル「くたばれヤンキース」ではプロ顔負けののどを披露した江本孟紀、そして黒色テントの舞台のみにとどまらず、テレビCMでお茶の間の人気を獲得し、舞台・テレビドラマと大活躍の斎藤晴彦という異色の顔合わせを中心に、小鹿みき、藤木孝、内藤陳、ウガンダなど25名にものぼる豪華キャストによる名舞台で、1920年代のシカゴ、マイアミの雰囲気をも満喫できる楽しさいっぱいの作品と自負いたしております。
重ねて本日の御来場を感謝いたしますと共に、末永くシアター・アプルをご愛顧下さいますよう伏してお願い申し上げる次第でございます。


1986年11月
株式会社コマ・スタジアム
専務取締役
酒井肇
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by zatoumushi | 2008-02-27 00:39 | ▼プログラム▼
★アプローズ

@日生劇場 他

日本ゼネラルアーツ・劇団四季提携公演

1973年 2月 3日〜28日(日生劇場)
    3月14日〜18日(中日劇場)
    3月20日〜24日(フェスティバルホール)

再演


【掲載内容】

座談会『アプローズ』をめぐって
ブロードウェイのミュージカル・日本のミュージカル
 / 浅利慶太・安倍寧・内藤法美・山田卓(初演プログラムから再録)

『アプローズ』のすべて / 倉橋健(初演プログラムから再録)

ミュージカル雑記 / 尾崎宏次

《初演の批評から》
   越路吹雪が好演、舞台に熱気 / 朝日新聞(彦)氏
   客席魅了する越路 / 毎日新聞(高)氏
   テーマに溶け込み、光る舞台 / 読売新聞 阪田寛夫 氏
   むだなく充実した人間像 / 東京新聞 森秀男 氏
   前評判どおりの盛況 / サンケイ新聞(方)氏
   見事なハーモニー、越路節と雪村節 / 夕刊フジ(神)氏


【初演の批評から】

アプローズ(かっさい)の魅力に生きるか、それとも人生の幸福を求めるか、という問いかけがわかりやすいせいもあって、舞台と客席が心理的にずいぶん近く感ぜられた。映画「イヴの総て」を舞台化した台本がよくできているのだが、それがまるで越路吹雪に当てこんだみたいで、彼女の方も、一種の「越路ショー」のように、いろんな引き出しから、大事なオタカラをとり出して見せてくれた。
一つのテーマを伝えるために組織された舞台表と裏の技術の総合力がすぐれていることになろうか。


読売新聞 掲載
阪田寛夫
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by zatoumushi | 2008-02-26 23:52 | ▼プログラム▼
★スイート・チャリティ

@博品館劇場

望月顕 製作

1983年11月 5日〜27日

再演


【掲載内容】

DIRECTION / 竹邑類

安奈淳の門出の舞台 / 戸部銀作

EXPLANATION / 風早美樹

JOSEPH PATTON SPEAKING / ジョセフ・パットン

COMMENT ON BOB FOSSE / 野口久光

PICTURE / 柳生すみまろ

スイート・チャリティ稽古場日記


【JOSEPH PATTON SPEAKING】

「スイート・チャリティ」がブロードウェイで幕を開けたのは1958年のことで、私は幸運にもその頃はすでにニューヨークで生活していた。公演はほとんどパレス・シアターで上演され、私はこのオリジナルを見る機会に何度も恵まれた。(中略)
「スイート・チャリティ」は私の心から愛するミュージカルのひとつであることから、この作品の振付を依頼されたとき、私は体中の血が湧きたつような気がした。それはもちろん、これ程刺激的で変化に富んだダンスナンバーを振付するということもさることながら、地球をぐるりと回ったむこう側までいって、しかもまるで違った伝統の中に生活している俳優・歌手・ダンサー、そして装置家・翻訳者・舞台監督・演出家、それに制作者といっしょに仕事をするということ自体に戦りつを覚えたのだ。しかもかれらはそれぞれが我らの「スイート・チャリティ」にドラマの部分で、ダンスの部分でそして音楽という分野で共感を愛を抱いている。私は言葉の問題が稽古中の大いなる障害だと思っていたが、通訳についてくれた真理子や信じられない位辛抱強く心暖かい出演者やスタッフのおかげで愛という世界共通語はひとつに溶け合ったのを私だけでなく稽古場にいた我々の全部が確信した。
つけ加えておくが今回私と共に働いてくれた出演者もスタッフもだれひとりとして今まで私が仕事をした人々に、その才能の面からもプロとしての実力の面からもまさるとも劣らない。むしろ今回のメンバーによって私は今までにない人間同志の愛の尊敬、そして信頼というものを感じさせられた。私の東京での生活と彼らとすごした日々は、私の一生で最も幸福なシーンのひとつとして記憶に残るだろうということは、もう疑う余地がない。


振付 ジョセフ・パットン
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by zatoumushi | 2008-02-25 23:28 | ▼プログラム▼
★赤毛のアン

@日生劇場

劇団四季・日本ゼネラルアーツ 提携公演

1984年 3月24日〜 4月 8日

再演


【掲載内容】

スタッフ

キャスト

ものがたり

舞台写真
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by zatoumushi | 2008-02-25 22:20 | ▼プログラム▼
★ラ・マンチャの男 ―ドン・キホーテの物語―
(ブロードウェイ凱旋記念特別公演)

@名鉄ホール

東宝 製作

1970年 6月 5日〜21日

再演


【掲載内容】

ご挨拶 / 菊田一夫

作者の序文 / デール・ワッサーマン(初演プログラムから再録)

「ラ・マンチャの男」翻訳覚え書 / 森岩雄(初演プログラムから再録)

染五郎ブロードウェイをゆく / 雨宮恒之

「ラ・マンチャの男」再演に際して / 市川染五郎

ステレオ式構成 / ミッチ・レイ(初演プログラムから再録)

ラ・マンチャと作詞家 / ジョオ・ダリオン(初演プログラムから再録)

日本のミュージカルは染五郎から始まる / 林伸太郎


【御挨拶】

“ラ・マンチャの男”
これはドン・キホーテ(市川染五郎)の凱旋公演でございます。
彼は“ラ・マンチャの男”を数年間上演しつづけたブロードウェイのマーチン・ベック劇場から主役ドン・キホーテを演じるために招ばれました。日本人として演劇史上初めてのことでございます。彼は多くの外国人俳優のなかにまじって立派な英語で主役を演じ好評を博しました。近来これほどの胸のすく快挙はございません。
さて“ラ・マンチャの男”
これはどんなミュージカルでございましょう。世界中で近来これほど評判のいいミュージカルはありません。はじめはオフ・ブロードウェイに掘立小舎のような劇場を建て、そこで初演以来数年間の上演を続けたのですが、その間に第2班第3班の劇団がロンドン公演その他アメリカ国内の地方公演をつづけ、いまでは本拠を前述のマーチン劇場に移し、そこで何代目かの配役により依然として大入満員の公演をつづけ……しかも、このたびは特に“ラ・マンチャの男”を上演した各国の主役を招いては、主役“ドン・キホーテ”を競演させるという催しをさえ行っているのです。
ミュージカルの本場ブロードウェイで、しかも“ラ・マンチャの男”の発祥の舞台で主役“ドン・キホーテ”を演じてきた市川染五郎が、みなさまに如何なるお土産をご覧にいれるか……どうぞおたのしみに開幕をお待ち下さいますように……


昭和四十五年六月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
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by zatoumushi | 2008-02-24 20:33 | ▼プログラム▼
★オリバー!

@帝国劇場

東宝 製作

1990年 7月 5日〜 8月31日

再演(東宝初演)


【掲載内容】

東宝株式会社 取締役社長 / 松岡功

東日本旅客鉄道株式会社 代表取締役社長 / 住田正二

演出家のことば / ジェフ・フェリス

菊田先生とドナルド / ノブコ・アルベリー

「オリバー!」の舞台装置は、創造力の結集だ
              / ロジャー・ハードウィック 北川登園

ディケンズの生涯と「オリバー・トゥイスト」について / 長谷部史親

ライオネル・バートと「オリバー!」の音楽 / 岡部迪子

「ホワッツ・ザ・ディケンズ?」ディケンズ今昔物語 / 倉田保雄

世界のミュージカルの現況 / 小藤田千栄子


【本日はようこそ】

本日はようこそお運びいただきまして、誠にありがとうございます。(中略)
1968年、東宝が日英親善特別公演として、帝劇に日本で初めて、ロンドン・カンパニーを招き、万雷の拍手を頂戴いたしましたが、今回は、日本人のキャストにより、賑々しく上演いたします。演出にはジェフ・フェリス氏を招き、「心をこめた夢造り」をモットーとする東宝の総力をあげたスタッフがこの上なく充実した舞台をお贈りいたします。
また出演の皆様も、津嘉山正種さん、前田美波里さん、他多士済済の皆様に加えまして、オーディションによって選ばれました43名の子ども達が、白組、赤組のダブルキャストで舞台いっぱいに活躍をいたします。
オリバーに出演する子どもたちの瞳は、大人がともすると忘れがちな、夢や希望、好奇心に満ちて眩しいぐらいに輝いています。その瞳の輝きは、大人には少年の日々の記憶を、純粋な子どもたちの心にはあふれる勇気とかけがえのない友情の大切さを伝えてくれます。
どうぞ、こころゆくまでお楽しみいただき、すばらしい「心の糧」をお持ち帰りいただければ幸いです。


東宝株式会社取締役社長
松岡功
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by zatoumushi | 2008-02-24 18:16 | ▼プログラム▼
★屋根の上のヴァイオリン弾き

@日生劇場

東宝 製作

1975年 2月 4日〜28日

再演


【掲載内容】

ごあいさつ / 雨宮恒之

“屋根の上のヴァイオリン弾き”日本公演に際して
        / ジェローム・ロビンス(初演プログラムから再録)

“屋根の上のヴァイオリン弾き”/ サミー・ベイス

舞台はいいですね ほんとにいいですね
          「屋根の上の―」の初演を観て…… / 菊田一夫

「屋根の上のヴァイオリン弾き」について / 倉橋健

フィドラー・オン・ザ・ルーフに寄せて
             / 盛田昭夫(初演プログラムから再録)

何事にもしきたりがある 伝統的なユダヤ人の生活習慣


【舞台はいいですね ほんとにいいですね】

今日、病院から外出の許可がでました。明日は帝劇の“屋根の上のヴァイオリン弾き”を、はじめて観にゆきます。病院の昼の食事(正午)と夜の食事(五時)との間、約四時間の制限付き外出ですけれど(病院外での食事は一切禁止)。担当の萩谷先生から「観たいでしょうから許可してあげましょう。但し、もう大丈夫だ、などといって帰ってこなかったりしたら、大変なことになりますよ」。そして立原婦長さんから「見張りを一人つけますよ」。かくして監視付き観劇と相成りましたが、私は許可が出ても、もっと先だとばかり思っていたので……夢かと喜んでいるところです。
明日は“屋根の上の―”が見られるんです。そして調子がよければ、もちろん病院に寝泊まりの制限付き外出ですが、そのうちに他の芝居も見られるし、本社の演劇部にも顔を出せる。病院ではいろんな検査があるので、いまだに面会謝絶ですが。……だから演劇部の連中とも、劇場の連中とも、そして舞台とも、劇場の客席とも……もう二ヶ月以上も会っていないのです。明日は、とりあえず“屋根の上のヴァイオリン弾き”の舞台だけ見たら、時間の関係上、誰とも会わずに病院に帰って来なくてはならないのです。

前項の翌日に記す。
帝国劇場は、病気前と同じ顔で私を迎えてくれました。この劇場の建設のために私は身体と心がすり減ってしまうほどに力を使いました。劇場の入口の壁に頬をすりつけたい程のなつかしさでした。さて客席の椅子に座って……“屋根の上のヴァイオリン弾き”の開幕のヴァイオリンの音が聞こえたとき、私は普通のミュージカル好きのお客様のように胸をドキドキさせました。そして幕があいて、森繁君が出て、続いて村人大勢(合唱)が出てきたら、胸に何だか知れない熱いものがこみあげてきて、涙がボロボロとこぼれてきました。まだ泣く場面でもないのに恥ずかしい、と思って、押さえようとしましたけど、涙はとまらないのです。自分が力をいれたミュージカルの開幕を見て、改めて、自分は生き返ったのだ。よかったな、と、感激したのでしょうか。それとも、自分の留守の間、舞台を守って闘っていてくれた森繁君たちの姿がいじらしくて涙がこぼれたのでしょうか……私にも判りません。とにかく幕があいて、役者が出てきて歌う姿を見たら、馬鹿のように涙がこぼれたのでした。
舞台はいいですね。ほんとにいいですね。


菊田一夫

[この稿は、一昨年(一九七三)四月逝去されました劇作家重役、前東宝専務・菊田一夫氏が昨年まで刊行されていた雑誌「東宝」の巻頭に連載の“落穂の籠”第十二回(昭和四十二年十一月号)の文中後半を採録いたしました。当時「屋根の上のヴァイオリン弾き」帝劇初演(昭和四十二年九、十月)の製作半ば病に倒れ入院中の氏が、病を押して初日の舞台に立ち合われた感想文です。]
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by zatoumushi | 2008-02-24 14:51 | ▼プログラム▼
★心を繋ぐ6ペンス
(テアトロン賞受賞記念)

@帝国劇場

東宝 製作

1967年 4月 7日〜 5月26日

再演


【掲載内容】

御挨拶 / 菊田一夫

「心を繋ぐ6ペンス」あれこれ / 杉山誠

「心を繋ぐ6ペンス」の再演に寄せて / 野口久光

ミュージカル雑感 / 須川栄三

もうひとつのミュージカル入門 / 河端茂

ミュージカル・ミュージカル / 深緑夏代

ニューヨーク通信:「リンゴの木」とバーバラ・ハリス / 上西信子


【御挨拶】

“心を繋ぐ6ペンス”といえば、何処か古めかしい甘さをもつ題名と相成りますが、このミュージカル・プレイの原題は、
HALF A SIXPENCE(6ペンスの半分)であります。
ブロードウェイで大当たりのミュージカルとして見て参って、早速その上演権を買い、昨年芸術座に於て、日本初演(殆ど、今回の配役と同じ)をいたしたのでありますが、それが、はからずも昨年度上演されたミュージカルやショウの中での傑作として、昭和41年度テアトロン賞をいただいたことは、努力の甲斐があったと一同喜んでいる次第であります。
昨年芸術座に於て日本初演をいたしましたときは舞台もいささか狭すぎましたし、劇場の大きさからいっても多くのお客様に観ていただくことができませんでしたので、今回は舞台もゆとりをとり出演者がのびのびと演技をできるようにいたしました。
演出の上でも多少の変更があり、舞台装置に所々工夫を加えた他、このたびはヘレン・ウォーシンガムが歌っております。これはロンドン版では歌っているのでありますが、ブロードウェイ版では歌っておりません。前回はブロードウェイ版にしたがったのを、せっかくの配役(加茂さくら)でありますので、今回はロンドン版にしたがって歌を復活したものであります。
ミュージカルとしては小味ながら傑作の“心を繋ぐ6ペンス”でございます。どうか、できるだけ多くのミュージカル・ファン……のみならず、まだミュージカルをよく御存知ないお方にも観ていただきたく存知ております。


昭和42年 4月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
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by zatoumushi | 2008-02-24 13:22 | ▼プログラム▼