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日本のミュージカルのために。。。


by zatoumushi

2008年 02月 24日 ( 10 )

★ラ・マンチャの男 ―ドン・キホーテの物語―
(ブロードウェイ凱旋記念特別公演)

@名鉄ホール

東宝 製作

1970年 6月 5日〜21日

再演


【掲載内容】

ご挨拶 / 菊田一夫

作者の序文 / デール・ワッサーマン(初演プログラムから再録)

「ラ・マンチャの男」翻訳覚え書 / 森岩雄(初演プログラムから再録)

染五郎ブロードウェイをゆく / 雨宮恒之

「ラ・マンチャの男」再演に際して / 市川染五郎

ステレオ式構成 / ミッチ・レイ(初演プログラムから再録)

ラ・マンチャと作詞家 / ジョオ・ダリオン(初演プログラムから再録)

日本のミュージカルは染五郎から始まる / 林伸太郎


【御挨拶】

“ラ・マンチャの男”
これはドン・キホーテ(市川染五郎)の凱旋公演でございます。
彼は“ラ・マンチャの男”を数年間上演しつづけたブロードウェイのマーチン・ベック劇場から主役ドン・キホーテを演じるために招ばれました。日本人として演劇史上初めてのことでございます。彼は多くの外国人俳優のなかにまじって立派な英語で主役を演じ好評を博しました。近来これほどの胸のすく快挙はございません。
さて“ラ・マンチャの男”
これはどんなミュージカルでございましょう。世界中で近来これほど評判のいいミュージカルはありません。はじめはオフ・ブロードウェイに掘立小舎のような劇場を建て、そこで初演以来数年間の上演を続けたのですが、その間に第2班第3班の劇団がロンドン公演その他アメリカ国内の地方公演をつづけ、いまでは本拠を前述のマーチン劇場に移し、そこで何代目かの配役により依然として大入満員の公演をつづけ……しかも、このたびは特に“ラ・マンチャの男”を上演した各国の主役を招いては、主役“ドン・キホーテ”を競演させるという催しをさえ行っているのです。
ミュージカルの本場ブロードウェイで、しかも“ラ・マンチャの男”の発祥の舞台で主役“ドン・キホーテ”を演じてきた市川染五郎が、みなさまに如何なるお土産をご覧にいれるか……どうぞおたのしみに開幕をお待ち下さいますように……


昭和四十五年六月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
by zatoumushi | 2008-02-24 20:33 | ▼プログラム▼
★オリバー!

@帝国劇場

東宝 製作

1990年 7月 5日〜 8月31日

再演(東宝初演)


【掲載内容】

東宝株式会社 取締役社長 / 松岡功

東日本旅客鉄道株式会社 代表取締役社長 / 住田正二

演出家のことば / ジェフ・フェリス

菊田先生とドナルド / ノブコ・アルベリー

「オリバー!」の舞台装置は、創造力の結集だ
              / ロジャー・ハードウィック 北川登園

ディケンズの生涯と「オリバー・トゥイスト」について / 長谷部史親

ライオネル・バートと「オリバー!」の音楽 / 岡部迪子

「ホワッツ・ザ・ディケンズ?」ディケンズ今昔物語 / 倉田保雄

世界のミュージカルの現況 / 小藤田千栄子


【本日はようこそ】

本日はようこそお運びいただきまして、誠にありがとうございます。(中略)
1968年、東宝が日英親善特別公演として、帝劇に日本で初めて、ロンドン・カンパニーを招き、万雷の拍手を頂戴いたしましたが、今回は、日本人のキャストにより、賑々しく上演いたします。演出にはジェフ・フェリス氏を招き、「心をこめた夢造り」をモットーとする東宝の総力をあげたスタッフがこの上なく充実した舞台をお贈りいたします。
また出演の皆様も、津嘉山正種さん、前田美波里さん、他多士済済の皆様に加えまして、オーディションによって選ばれました43名の子ども達が、白組、赤組のダブルキャストで舞台いっぱいに活躍をいたします。
オリバーに出演する子どもたちの瞳は、大人がともすると忘れがちな、夢や希望、好奇心に満ちて眩しいぐらいに輝いています。その瞳の輝きは、大人には少年の日々の記憶を、純粋な子どもたちの心にはあふれる勇気とかけがえのない友情の大切さを伝えてくれます。
どうぞ、こころゆくまでお楽しみいただき、すばらしい「心の糧」をお持ち帰りいただければ幸いです。


東宝株式会社取締役社長
松岡功
by zatoumushi | 2008-02-24 18:16 | ▼プログラム▼
★屋根の上のヴァイオリン弾き

@日生劇場

東宝 製作

1975年 2月 4日〜28日

再演


【掲載内容】

ごあいさつ / 雨宮恒之

“屋根の上のヴァイオリン弾き”日本公演に際して
        / ジェローム・ロビンス(初演プログラムから再録)

“屋根の上のヴァイオリン弾き”/ サミー・ベイス

舞台はいいですね ほんとにいいですね
          「屋根の上の―」の初演を観て…… / 菊田一夫

「屋根の上のヴァイオリン弾き」について / 倉橋健

フィドラー・オン・ザ・ルーフに寄せて
             / 盛田昭夫(初演プログラムから再録)

何事にもしきたりがある 伝統的なユダヤ人の生活習慣


【舞台はいいですね ほんとにいいですね】

今日、病院から外出の許可がでました。明日は帝劇の“屋根の上のヴァイオリン弾き”を、はじめて観にゆきます。病院の昼の食事(正午)と夜の食事(五時)との間、約四時間の制限付き外出ですけれど(病院外での食事は一切禁止)。担当の萩谷先生から「観たいでしょうから許可してあげましょう。但し、もう大丈夫だ、などといって帰ってこなかったりしたら、大変なことになりますよ」。そして立原婦長さんから「見張りを一人つけますよ」。かくして監視付き観劇と相成りましたが、私は許可が出ても、もっと先だとばかり思っていたので……夢かと喜んでいるところです。
明日は“屋根の上の―”が見られるんです。そして調子がよければ、もちろん病院に寝泊まりの制限付き外出ですが、そのうちに他の芝居も見られるし、本社の演劇部にも顔を出せる。病院ではいろんな検査があるので、いまだに面会謝絶ですが。……だから演劇部の連中とも、劇場の連中とも、そして舞台とも、劇場の客席とも……もう二ヶ月以上も会っていないのです。明日は、とりあえず“屋根の上のヴァイオリン弾き”の舞台だけ見たら、時間の関係上、誰とも会わずに病院に帰って来なくてはならないのです。

前項の翌日に記す。
帝国劇場は、病気前と同じ顔で私を迎えてくれました。この劇場の建設のために私は身体と心がすり減ってしまうほどに力を使いました。劇場の入口の壁に頬をすりつけたい程のなつかしさでした。さて客席の椅子に座って……“屋根の上のヴァイオリン弾き”の開幕のヴァイオリンの音が聞こえたとき、私は普通のミュージカル好きのお客様のように胸をドキドキさせました。そして幕があいて、森繁君が出て、続いて村人大勢(合唱)が出てきたら、胸に何だか知れない熱いものがこみあげてきて、涙がボロボロとこぼれてきました。まだ泣く場面でもないのに恥ずかしい、と思って、押さえようとしましたけど、涙はとまらないのです。自分が力をいれたミュージカルの開幕を見て、改めて、自分は生き返ったのだ。よかったな、と、感激したのでしょうか。それとも、自分の留守の間、舞台を守って闘っていてくれた森繁君たちの姿がいじらしくて涙がこぼれたのでしょうか……私にも判りません。とにかく幕があいて、役者が出てきて歌う姿を見たら、馬鹿のように涙がこぼれたのでした。
舞台はいいですね。ほんとにいいですね。


菊田一夫

[この稿は、一昨年(一九七三)四月逝去されました劇作家重役、前東宝専務・菊田一夫氏が昨年まで刊行されていた雑誌「東宝」の巻頭に連載の“落穂の籠”第十二回(昭和四十二年十一月号)の文中後半を採録いたしました。当時「屋根の上のヴァイオリン弾き」帝劇初演(昭和四十二年九、十月)の製作半ば病に倒れ入院中の氏が、病を押して初日の舞台に立ち合われた感想文です。]
by zatoumushi | 2008-02-24 14:51 | ▼プログラム▼
★心を繋ぐ6ペンス
(テアトロン賞受賞記念)

@帝国劇場

東宝 製作

1967年 4月 7日〜 5月26日

再演


【掲載内容】

御挨拶 / 菊田一夫

「心を繋ぐ6ペンス」あれこれ / 杉山誠

「心を繋ぐ6ペンス」の再演に寄せて / 野口久光

ミュージカル雑感 / 須川栄三

もうひとつのミュージカル入門 / 河端茂

ミュージカル・ミュージカル / 深緑夏代

ニューヨーク通信:「リンゴの木」とバーバラ・ハリス / 上西信子


【御挨拶】

“心を繋ぐ6ペンス”といえば、何処か古めかしい甘さをもつ題名と相成りますが、このミュージカル・プレイの原題は、
HALF A SIXPENCE(6ペンスの半分)であります。
ブロードウェイで大当たりのミュージカルとして見て参って、早速その上演権を買い、昨年芸術座に於て、日本初演(殆ど、今回の配役と同じ)をいたしたのでありますが、それが、はからずも昨年度上演されたミュージカルやショウの中での傑作として、昭和41年度テアトロン賞をいただいたことは、努力の甲斐があったと一同喜んでいる次第であります。
昨年芸術座に於て日本初演をいたしましたときは舞台もいささか狭すぎましたし、劇場の大きさからいっても多くのお客様に観ていただくことができませんでしたので、今回は舞台もゆとりをとり出演者がのびのびと演技をできるようにいたしました。
演出の上でも多少の変更があり、舞台装置に所々工夫を加えた他、このたびはヘレン・ウォーシンガムが歌っております。これはロンドン版では歌っているのでありますが、ブロードウェイ版では歌っておりません。前回はブロードウェイ版にしたがったのを、せっかくの配役(加茂さくら)でありますので、今回はロンドン版にしたがって歌を復活したものであります。
ミュージカルとしては小味ながら傑作の“心を繋ぐ6ペンス”でございます。どうか、できるだけ多くのミュージカル・ファン……のみならず、まだミュージカルをよく御存知ないお方にも観ていただきたく存知ております。


昭和42年 4月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
by zatoumushi | 2008-02-24 13:22 | ▼プログラム▼
★南太平洋

@東京宝塚劇場

東宝 製作

1979年 6月 3日〜28日

再演


【掲載内容】

「南太平洋」の思い出 / 森岩雄(初演プログラムより再録)

演劇に国境は無い / ジョン・ファンリィ

物語の背景と登場人物 / 小島

「南太平洋」について / 野口久光

南太平洋の幻想とロマン / 雨宮靖之


【演劇に国境は無い】

以前、オスカー・ハマー・スタインが演劇仲間の兄弟関係を例証する話を私にしたことがある。彼はブダペストにいて、舞台稽古が行われている最中に劇場に入った。そこで彼はすべての問題を認識し、各人が感じたすべての感情を理解することが出来た。そして彼は、言葉が全く解らなかったのに、その劇場にいた皆んなが自分と全く良く似た人達であることを感じた。その後、私も同じような経験を二度もった。一度は、バンクーバーで私が演出した「サウンド・オブ・ミュージック」の旅公演の舞台稽古に、ポポフとモスクワ・サーカスの団員達を招待した時である。ソ連の人達は、劇を意味ありげに中傷したりしないで、出演者達が何をやり遂げたかを知ることに最大の楽しみを得ていた。彼等は舞台上の場面とかかわりを持っていたのである。
しかし私は今、東京で二度目の、そして更に大切な兄弟関係を我々の演劇仲間の中で実証している。私は「南太平洋」の演出を何度も手掛けており、その中にはニューヨーク・シティ・ライト・オペラ・カンパニーの公演も含まれている。しかし、私はこれまでに、此の日本のカンパニーほど才能のあるカンパニーを知らない。私の話す言葉は英語であるけれど(通訳の石村素子さんが日本語に訳す)、その意味は演劇語で理解される。そして私が与えるちょっとした指示や提案はその都度、常にわかってもらえる。そして役者達から私に返ってくるものは、しばしば全く新しいみづみづしい評価である。
東宝株式会社の横山清二常務取締役と小島プロデューサーが、地球の裏側から私を連れて来て七十名の新しい兄弟姉妹達に会い、共に働く機会を与えて下さった。それは私にとって非常に特別な経験であり、私は大きい声で「ありがとう!」と叫びたい。


演出 ジョン・ファンリィ
by zatoumushi | 2008-02-24 12:35 | ▼プログラム▼
★王様と私

@東京宝塚劇場

東宝 製作

1965年12月 2日〜27日

再演


【掲載内容】

御挨拶 / 菊田一夫

東京公演によせて / 松岡辰朗

二つの「王様と私」 / 森岩雄

「王様と私」が日本に上演されるまで / 野口久光

「王様と私」を彩る名優たち / 安倍寧


【御挨拶】

『キング・アンド・アイ』……ミュージカルとしては不朽の名作ですが、此の作品を舞台に見ると、ミュージカルはやはり脚本がしっかりしていなくてはならぬことが、よく判ります。音楽がよくなくてはいけないことは、もちろんでありますが……
先般、ニューヨークで再演されたときも圧倒的に好評であったときいております。
これを大阪で、日本初演いたしましたとき、越路吹雪は流石ミュージカル女王の貫祿ありと好評をたまわり、市川染五郎という俳優の驚くべきミュージカル俳優としての素質が多くの批評家、お客様がたの賛嘆を得ました。そして立川澄人、淀かほるのミュージカル・タレントとしての前途は洋々。
この好評により私達は安心はしていますものの……とはいえ、これは東京では初演。やはり胸の動悸の劇しさを感じます。王様も私も誰も彼もが、みんなうまくやってくれればよいが……これが私達の偽らざる気持であります。
創作ミュージカルもやがては出現いたしますが、いまのところは海外の名作ミュージカルを次々とみなさまに御紹介申しあげながら、みなさまにはミュージカルへの親しみを強めていただき、私達は秘かに習練を積んで……やがてくる創作ミュージカル時代への足型めをしているのが、現在の東宝の態度でございます。
演劇界のこの若々しい新しいジャンルの発展のために心からなる御支援をお願い申しあげます。


昭和40年12月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
by zatoumushi | 2008-02-24 12:30 | ▼プログラム▼
★ノー・ストリングス

@名鉄ホール

東宝 製作

1965年 3月 6日〜21日

再演


【掲載内容】

御挨拶 / 菊田一夫

拍手と文化:ミュージカル名古屋初公演に寄せて / 山川和雄

ぼくのミュージカル概念を破った「ノー・ストリングス」
             / 草壁久四郎(初演プログラムから再録)

「ノー・ストリングス」の鑑賞メモ / 吉田寛治

NO STRINGS / 永六輔(初演プログラムから再録)

アメリカで見た「ノー・ストリングス」
               / 荻昌弘(初演プログラムから再録)

ミュージカル「ノー・ストリングス」について / いずみ・たく

こいきなミュージカル「ノー・ストリングス」/ 宇佐見宜一


【御挨拶】

一昨年秋の「マイ・フェア・レディ」の上演権入手、続いてその上演、そして成功……ということによって、日本にも、やっとミュージカル・プレイの開花がみられる気運となりました。
「ノー・ストリングス」は、そのアメリカ・ミュージカル移入公演の第二弾として、昨年6月から8月にかけて、芸術座の舞台に上せられたものであります。
この作品のブロードウェイ公演を、私がみたのは初日まもない1962年の7月でありました。ミュージカルの王者として知られていた作曲家リチャード・ロジャースが、それまで、いつも組んでいたハマーシュタインに死なれ、ロジャースはもう駄目ではないかと噂されていながら、その相棒ハマーシュタインの死後にみせた第一作が、此の「ノー・ストリングス」なのでございます。ニューヨークの新聞がロジャースはハマーシュタインがいなくても、これをやりとげたと書いたのは、此の作品の初日に対する批評でありました。王者ロジャース、巨富に恵まれ、何箇かの別荘を持ち、そしてお年寄り……その人にこれだけの瑞々しさ、若人の感覚があることに、つくづくと頭が下がります。
私が「マイ・フェア・レディ」をやると、一昨年発表した時、どうして「マイ・フェア・レディ」なんぞやるんだ、なぜ「ノー・ストリングス」を先きにやらないのか、と、何人かのアメリカ帰りに云われたこの作品を(何故「マイ・フェア・レディ」を先きにやったかは、いずれ別の機会にご説明するとして)どうか、終わりまで、じっくりとお味わい下さいますよう。お帰りには、劇中の歌の一ふしを、どうかお口吟さみ下さいますよう。
「マイ・フェア・レディ」は一言にしていうなら「これがミュージカル」
「ノー・ストリングス」は一言にしていうなら「これこそミュージカル」です。どうぞごゆっくり。


昭和40年 3月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
by zatoumushi | 2008-02-24 10:35 | ▼プログラム▼
★マイ・フェア・レディ

@東京宝塚劇場

東宝 製作

1964年 1月 2日〜28日

再演


【掲載内容】

再演の御挨拶 / 菊田一夫

《マイ・フェア・レディに寄せられた感動のことば… ことば…》

「マイ・フェア・レディ」日本上演にも成功
               / スターズ・アンド・ストライプス紙

結実した“日本語版”/ スポーツニッポン 木村節男

傑作の舞台を見事に再現 成長した高島、個性生かす江利 / 野口久光

品のよい歌と踊り / 朝日新聞 呂氏

ファンの声(アンケート集より)
 / 品川区西小山三の四五六号 真田正規(学生 二十一才)
   文京区南片町二○二の四三二号 木内清和氏(会社員 三十四才)


【再演の御挨拶】

昨年9月、此のミュージカル・プレイの日本初演をいたしましたとき、我々は思いもかけない熱狂的な讃辞をいただき、予想に倍する公演成績をあげることができました。此の作品はアメリカ・ミュージカルの最高のものであり、良質のものでありますので、作品そのものに対する御褒めのお言葉をいただけることには、我々も確信を抱いていましたが、此の定員2700の客席があれほどの大入満員をつづけ得るとは思っていなかった次第であります。皆様のよきミュージカル作品を求めておいでになるお気持ちに、改めて大きな感激を味わった次第であります。厚くお礼を申し上げます。有難うございました。
さて、今回の再演でございます。9月公演が大入満員をつづけておりますときに、幾人かの外国人が私に申されました。「君が此の公演を続演しないのはなぜか、外国では、これだけ当たれば、絶対に1年でも2年でも続演する。それをやらない君は馬鹿でクレージィだ」。私も外国の劇場のロングラン・システムはよく存知ております。現に此の作品はニューヨークで7年間も同じ劇場で打ちつづけた記録を持っております。が日本の劇場には、悲しいかな、1年12ヶ月、その月々に他の会社との契約があり、数多くの専属俳優をかかえていて、その俳優達の出演月も考慮せねばならないので、それが出来ないのであります。
だが、何としても遂に御覧にならなかったお客様には申訳がなく、また、馬鹿でクレージィとなることは情けないので、やっと劇場の都合をつけて、ふたたび御覧に入れますのが、此の再演。
今回は、配役は大半を殆んどそのままにして、その代わり、演出・舞台装置・衣裳・ダンス・歌詞などに、かなりの改訂が加えてございます。
よりよき“マイ・フェア・レディ”を見ていただくための改訂でございます。


昭和39年 1月
東宝株式会社専務取締役
菊田一夫
by zatoumushi | 2008-02-24 10:30 | ▼プログラム▼
★くたばれヤンキース

@サンシャイン劇場

トレンド21 制作

1985年12月 7日〜22日

初演


【掲載内容】

不滅のヤンキースを破るのは!? / 東一雄

30年ぶりの「くたばれヤンキース」 / 江守徹

演出家 / 藤田敏雄

やっと日本で見られるブロードウェイ・ミュージカルの傑作
               「くたばれヤンキース」 / 野口久光

何をしてもサマになる男性 / 山口洋子


【演出家】

1955年、“くたばれヤンキース”が初演されたが、“ウエスト・サイド物語”の作曲者であるL・バーンスタインはTV番組で次のような意味のことを述べている。「“マイ・フェア・レディ”は、そこで扱っている題材からいってもオペレッタに近いがアメリカの状況をとらえた“くたばれ、ヤンキース”は純粋なミュージカルといえるだろう」
1959年、“くたばれ、ヤンキース”は映画化され、日本でも上映されたが、音楽評論家の野口久光氏はこう述べている。「大衆の生活感情に訴えかける日常的な共感があり、ミュージカルとして新鮮な魅力があったが、野球ファンの多い日本でこの映画が不入りに終わったのは意外だった。空想を楽しもうとしない民族性の現われかもしれない」
1981年、アメリカ東岸きっての海水浴場ジョーンズ・ビーチのサマー・シアターで“くたばれ、ヤンキース”を見て、演劇評論家の大平和登氏はこう述べている。「ちょっと“ファウスト”を想わせる悪魔の取引き話がアメリカらしく野球選手にからむのだが、現在ではこの話はトレードでもめる日本でのほうがより生々しい現実感を持ちうるかもしれない」
さて、1985年、ついに“くたばれ、ヤンキース”は日本で初演されるが、一応、演出者としてこう述べておく。「思いがけなく21年ぶりに阪神タイガースが優勝したおかげで、やりやすいような、やりにくいような… とにかく、江本孟紀の起用はそれとはまったく関係ない!」


藤田敏雄
by zatoumushi | 2008-02-24 08:56 | ▼プログラム▼
★紳士は金髪がお好き 〈ローレライ〉

@シアター・アプル

木村プロダクション/シアター・アプル 製作

1985年10月22日〜30日

初演


【掲載内容】

映画の「紳士」は金髪がお好き / 双葉十三郎

「紳士は相変わらず金髪がお好き」か / 小澤僥謳

毒気のあるミュージカル / 兼八善兼

夢を果した女たち キャロル・チャニングとアニタ・ルース / 大平和登

「ザ・ミュージックマン」とその周辺 / 風早美樹


【夢を果した女たち】

「紳士は金髪がお好き」といえば、私には、すぐ想い起される二、三のことがある。それを書いてみよう。(中略)
一般的に、この題名がよく知られ、ジュール・スタインの作曲した主題歌が世界的に親しまれるようになったのは、二十世紀フォックスが製作したミュージカルの映画版の上映を通してだったに違いない。ハワード・ホークスが監督し、ローレライ・リーをマリリン・モンロー、ドロシー・ショウをジェーン・ラッセルが演じたものだった。映画のマリリン・モンローよりも、誰よりも、「紳士は金髪がお好き」という作品から、私には、強烈に想い出される女性が二人いる。ひとりは、舞台でローレライ・リーを演じたキャロル・チャニングである。彼女こそ、正真正銘のローレライ・リーであって、49年にこのミュージカルがジーグフェルド劇場で初演されたときこの役を演じて、一躍スターダムにのしあがった人である。後に、チャニングは「ハロードーリー」の主役を演じて、又々、ブロードウェイで大ヒットをとばして、ミュージカルの大スターの座につく。私がチャニングの舞台姿に初めておめにかゝったのはその時だが、10年後に、再び、彼女は「ローレライ」でパレス劇場の舞台に立ち、その健在ぶりに私は大喝采したのであった。一度、彼女のハスキーな歌と、グリッとした大きな眼玉と、真赤に大きく描かれた口をみたら、誰しも忘れられなくなる、キャロル・チャニングとはそんな女優である。早い話が、74年 6月に再演された「ローレライ」は、「紳士は金髪がお好き」のオリジナル舞台を改訂した舞台だが、明らかに、キャロル・チャニングの25年ぶりの再演のために書き直された舞台に過ぎなくて、もう、古風な大西洋航路の船旅によるパリ詣での話などはどうでもよく、チャニングは存分に観客を楽しませてくれた。歌えるコメディエンヌとして、全く際だった人なのである。(後略)


大平和登
by zatoumushi | 2008-02-24 00:01 | ▼プログラム▼